2013年02月の記事

開高健58歳。


 開高健のファンである。広大な言葉の森を自由に飛び回りながら、豪快かつ繊細に表現する氏の表現力には感嘆させられた。氏は若き頃、サントリーのコピーライターだったが、正に日本が生んだ天才コピーライターでもある。彼の初期のルポタージュ「ベトナム戦記」では、ろくな情報がなかった当時、氏の鋭い目がこの戦争の本質を照らした。ホーチミンを訪ねたとき、彼がルポを執筆したサイゴン川沿いのマジェスティックホテルのスカイ・バーに行き、彼をまねてお酒を飲んだりした事もあった。様々なエッセイで左脳も右脳も刺激してくれた彼は「オーパ」で大いなるロマンを僕らに与えてくれた。そして自ら不健康な小説家だと語っていた彼は1989年に亡くなった。当時はそれなりの歳になったいい親父さんと思っていたのだが、このとき彼は58歳だったのだ。そう思うと今59歳になった僕は何なんだろう感慨にふける。さて、僕はこれからどうしよう。氏に聞いてみようか。「風に訊け」。

カレーお好みとパンカツ


 本日食べた我が家のランチ。これは我が家のオリジナルメニューで名前が無いのだが、あえて付けるとすれば「カレーお好み焼き」。昨晩のカレーが余っているとき、溶いた小麦粉をフライパンに油をひいて焼き、たっぷりの千切りキャベツと残りのカレールーをのせて焼くだけの素朴なお好み焼きである。これは、先日亡くなった義父が大昔に開発?したメニュー。昔の一銭洋食とか薄いお好み焼きからヒントを得て作ったのだろう。義父はカレーライスがあまり好きではなかったようなので、自らが食べやすいものへ加工したのかもしれない。それがカミさんに伝承され、僕も味わうことになった。カリッと焼かれた生地の中からトロトロとカレーが出てくる味わいはなかなか。同じく義父から伝承された食べ物に「パンカツ」というのがあって、冷えて堅くなった食パンに、溶いた小麦粉(重曹を入れるとパリット焼き上がる)を付けてフライパンで焼き、それを砂糖を溶かした湯にくぐらせてからソースをかけて食べる、フレンチトーストに似た食べ物もあるのだが、どれも貧しくも哀愁漂う食べものである。しかし、どちらもこれがなかなかいけるので、ときどき思い出したように食卓に登場するのだ。