2013年01月の記事

黒い画用紙


 昨日NHKの「旅のチカラ」を観ていたら、一日じゅう太陽が昇らない「極夜」の季節を迎えて、フィンランド極北の小学校では子どもたちがお絵描きをする画用紙が黒い画用紙であることに驚いた。子どもたちはその黒いバックに様々な色をのせてゆくのだ。一日じゅう暗いわけなので風景も真っ暗。なるほど白い画用紙に黒を塗る手間が省ける。ラップランドの女性がこう語っていたのも印象的だった。「暗いといろんなものが見えないから恐くないわ。暗いことは恐くないのよ」。私たちはいつから暗闇を怖がるようになったのだろう。星とともに暗闇を楽しめるか。

やっかいな介護の領域


 ある日突然老いた親が倒れた瞬間から、家族はめくるめく「治療」「介護」の渦の中に巻き込まれる。そこには本人の健康を気遣う不安や心配ごととは別に、何も知らない世界の新たな問題が山積していて、まるでありったけの荷物をしょわされ樹海の中をさまよう感じになる。僕も認知症の母親を抱えた経験があるのだが、その時、なにもかにもがわからなくて感覚が追いついて行けず閉口した。今も義父の入院問題を抱えている現状である。最もわかりにくいのが現状の医療介護システムのあらゆる所に存在する「領域」の問題である。列記してみるとまず理解しなくてはいけないのが「医療と介護の領域」。そして「緊急医療と長期療養の領域」「公立病院と地域診療所の領域」「病院と介護施設の領域」さらに「医師と看護師の領域」「看護師と介護師のそれぞれの領域」「ホームヘルパーと介護師の領域」「介護認定のシステムとそれぞれの支援領域」「健康保険と介護保険の領域」「特別養護老人施設と一般老人ホームやグループホームなど老人施設それぞれの領域」「在宅介護の限界領域」「ディサービスの領域」「延命とリハビリの領域」…こんなのは氷山の一角で、実はサービスを提供する所属の違いによってもっと細かい点でもさまざまに領域の理解が必要なのだ。例えば「介護用オムツ」の扱いひとつだって病院や施設ごとに違う。で、これらの相談にのってくれるのがケアマネージャーとされているが、それも「ケアマーネージャーの領域」というのがあって、あるところまでは参加できるがそれ以外はそれ以降はという領域があるようである。相談員という人々も随所におられるのだが、所属する立場からのアドバイスになりがちで、本当に何も知らない患者や家族の立場に立って相談できるかどうかが??である。何といっても慢性的に病院や施設のベッド数が足りない上に、医者も看護師や介護師の数も足らない世界、在宅介護の援助システムも道が見えず、家族は右往左往振り回されているのだ。それもことあるごとに書類の山に目を通しサインをしなくてはならない(これは患者や家族だけでなく医師、看護師、介護師あらゆる人々にも課せられる苦行である)。もちろんがんばってくれている医師や看護師、介護師の方々には感謝しているのだが、なにかもっと大枠で何かが違っているような気もしている。多くの家族は介護の現場で先日まで知り得なかったあらゆる矛盾に直面することになるのだが、あまり外に発言はしない。それどころじゃない毎日なのだ。それでなくても本人や家族は不安の渦の中にあるわけで、精神的負担を増大させているこの「領域の壁」をもっと無くしてシームレスなシステムにできないのだろうか、なぁ?

ホンニョ


 奈良の明日香でみかけた風景。これは収穫の後、稲穂を束ねて天日干しするもの。農業には疎いが、今はあまり見かけない気もする風景ではないだろうか?なにかDNAに響く味のある風景だなぁ。これって何と呼ぶのか調べたら「ホンニョ」というらしい。ポニョなら聞いたことがあるが面白い名前だなぁ。さらに調べると元は「穂の仁王さま」から来ているという説があるらしい。さらに面白い。しかし、このホンニョ、観光地石舞台古墳前にあって下がリアルな田んぼじゃないので、なんか観光用のディスプレーかも。

訳ありおせち


某老舗料亭が監修した訳あり3段重おせちとやらをネットで買ってみたりしたのは、いつも年末に手づくりの「おせち」を作ってくれる義父が今年は入院しているからである。だから本当に訳ありおせちなのである。意外にもネットで買った「おせち」はしっかりしていていい味している。とはいえ、はっきり言えるなぁ。義父がつくってくれる「おせち」の味にはまったくかなわない。
 明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。