2011年03月14日の記事

Peace Japan

Peace Japan

記者会見

 福島原発に関する保安院の記者会見を聞いていると、少なからず苛立ちを覚えた。あらかじめ記者たちに配られた書類を持ちながら「何ページの何番については…」などと中継を見ている国民にはサッパリわからぬ説明をし、なおかつ、書類の頭から専門用語と共にまわりくどく抑揚も無く説明しようとする様子が、お役所的というかまったく意味をなさない会見に思えたのだった。一生懸命やっているであろうことは承知するが、これで広報係とは首を傾げる。物事を伝えるプロとして何をすべきかが分かっておられない様子だった。この緊急時だからこそ、誰にもわかる言葉で的確な事象の伝達を行うべきなのであって、現状と問題点、それに対する対応策とその効果、そして今後の展望を、ぱっぱっと回り道せずに短く伝えなければ国民の不安は募るばかりになってしまう。今回に限らず、ものの本質を的確に捉えて整理せず、内容をわざとぼかしているんじゃいないかと思われるようなお役所的な説明はあちこちで見聞きする。最近、特に政治家がよく使う言葉が気になっている。「その件に関しては○○であろうかといった認識でおります」と言う。これって「そう思っています」のひと言で済むよね。自分が思っているとすんなりは断定したくないらしい。最近は企業の会見などでも流行りのようにこの認識という言葉がよく使われるようになってきた。はっきりとものの本質を伝えないといった事象に関しては、当方、いささか問題があるのではといった認識でありまして、憂慮すべき内容が含まれているのではという認識であります。