2011年02月の記事

竹島の鳶


 昨日はわけあって三河湾の竹島で内輪の送別会をした。天気も良く小春日和というより大春日和で、なんか春真っ盛りの温かさだったので、食後に竹島まで散歩。竹島へ渡る橋のたもとはカモメがたくさんいて、餌付けを楽しむ家族がいたりするのだが、ここにはカモメに加えて、大量の鳶(とんび)が集まっていることに驚いた。上の写真では伝わらないが、50羽ぐらいはかるくいそうである。こんなにたくさんの鳶を見たのは初めてだったが、竹島桟橋を渡っていると、海面に無数の胡麻をまぶしたように、これまた大量の鴨たちがいた。気持ち悪いくらいである。お天気がよければ、竹島に行って、ヒッチコックの「鳥」を楽しんではいかが。

町のゆるデザイン研究:その3


 これは、彦根城前の夢京橋キャッスルロードで見かけた公衆便所(たぶん?)の入口である。夢京橋キャッスルロードは古い町並みを再現し、観光道路として開発されている場所。だからか、公衆トイレもこんなに風情があるのだ。がしかし、風情があるかなぁ?こんなにダイレクトにのれんに「厠」と表示し「かわや」とルビを振り、さらにフォローするように片隅に「便所」と染め上げてある。古い家屋を観光用トイレとした発想はいいけれど、のれんに「厠」というのは元から離れてデザイン的ノリが走り過ぎた感じがする。夢京橋キャッスルロードは素敵な町並みで完成度は高く楽しいとは思うのだが、あえて批判を恐れず言っておこう。僕はこのような観光開発用に「町おこし」的なノリのでできた劇場空間的な町並みが「大嫌い」なのである。デザイン臭さがぷんぷんするのである。はいこれが昔の情緒です。伝統工芸をアレンジしたインテリア小物の店もありますので、皆さん楽しんで下さいね…的な媚びた町で、観光客を演じるのが嫌なのである。言っておくよ。こんなのを都市デザインとか言わないでね。

町のゆるデザイン研究:その2


 町に潜む「ゆるデザイン」を批評するコーナー(いつできたんだ?シリーズでやろうかしらん?)の第二弾である。先日のトイレ内表示に続いて、こちらも岡崎市内の某施設内のトイレ。先日の「禁煙もの」にくらべてこちらはシンプルでいくぶん好感が持てる。しかしだ、「デザインは引き算」と何度も言ってるだろ。なんで、表示を立体プレート風に装飾する必要があるのだ。ま、プレート風に仕立てて際立たせるという理由は100歩ゆずっていくぶんわからないでもない。でも、こんな稚拙なアレンジではかえってじゃまくさいだけである。コピーはシンプルで水の文字だけ大きく色替えしているのはぎりぎり許してあげよう。でもね、文字がなんで勘亭流なのだ。勘亭流は歌舞伎看板等に使われる伝統文字で「江戸の粋」だぜ。「文字が太い」=「目立つ」という発想は間違っている。また勘亭流に漂う「媚」はオーセンチックな指示にはふさわしくない。日本人は無機質であるべきはずの業務連絡ですら、可愛いイラストを添えたりする幼児的国民なのだ。まったく媚びる必要は無い。勘亭流なんて僕でも滅多に使う機会は無いのに。この場合、中ゴシックでも目立つ感は同じか、その方が読みやすいはずである。岡崎だけに知り合いがこれを作ったのかもしれない。その場合は、今日の話、水に流して下さい。

食べたかったカツカレー



 ひさしぶりにカレーライスを食べた。それも○○壱番屋の。イタリアンから離れたかった。昔よく食べていた「カツカレー」が食べたかったが健康を考えて「野菜カレー」にした。でもカミさんにカツカレーを薦め、一切れもらうことにした。せこっ!量も辛さも普通で十分という年頃になってしまったなぁ。しかし、カツカレーって日本の傑作だよね。トンカツもカレーも完全に日本でアレンジされ昇華された食べ物なわけで、それがさらに組み合わさっているんだから。

招きます


 これは先日彦根市の夢京橋キャッスルロードにあった招き猫専門店で購入してきた赤絵の招き猫である。といっても5cmぐらいの小さなもの。なんか妙に傾いた前屈姿勢と手の感じに惹かれて思わず買ってしまったのだ。通常の左手ではなく右手で招いているのは「お金を呼ぶ」意味らしい。この猫はお金がいただけるよう懇願しているような風情なのだ。我が家の玄関にふさわしいじゃないか。でも猫が小さ過ぎるか。

どこから来たの?


 雪の上に残った足跡。ん?…はてさて、この人はどこから来たのかしらん?空中から突然現れたのかしらん?


梅は〜咲い〜た〜か〜、さく〜ら〜は〜まだかいな

イタリアンな日々


 イタリア旅行以来、仕入れて来た食材もあってか、我が家は昼ご飯夕ご飯はけっこうイタリアンな日々が続いている。ポルチーニとクリームのオレキエッテ、ミネストローネ、リゾットミラネーゼ、ペンネアラビアータ、スパゲッティジェノベーゼ、だけじゃなくお菓子もいろいろ。こう書くとオシャレな暮らしに聞こえるが、私しゃイタリア人ではない。典型的日本人三河人には続かないのだ。やっぱドテ煮(僕は喰わないが)とか塩辛とかないと…。ところが昨日はどこからか幻の女料理人がうちに来て、三河湾の食材を使った海鮮リゾットを料理して下さった。ジャポニカ米でリゾットねぇ?今日辺りは日本そばが良いんだけど…と思っていたがそれが非常においしかった。おいしいことこの上なかったが、アルデンテながらもう少しゆくとリゾットなのかパエリアなのかという境界線的料理ではあった。そこへ別の女神が本物の「パルミジャーノ・レッジャーノ」を差し入れてくれたので、こいつを大根おろし金で削ってまぶしかけると、見事に料理はイタリアに引き戻されたのだった。しかし、三河湾の活き海老やらアサリ、紹興酒で蒸したり、酒蒸しにした方がもっとおいしかった気もするけど…。あっ、それを言っちゃうと女神のたたりが!!

子供の頃に食べたもの


 昨日は我が家で「子供の頃、何だかわからず食べていた変なもの」という話題になった。僕らが子供の頃つまり50年前頃の話である。僕が挙げたのは市場の総菜屋で売っていた「メンチボール」。メンチはミンチのことなのでハンバーグのようなものなのだが、ハンバーグとは似ても似つかぬ。ボールなのに小判型で半片のようなかたまり、それになぜか甘辛の醤油たれがかかっていた。洋風にしようとがんばったのだろうが、まったく日本から抜け出せていない過渡期の食品だったと思える。カミさんが挙げたのは「生麩」である。この地方では表面にギザギザのひだがついた長方形の板状の生麩だったがそれを切ったものをよく煮付けていた。あと「ナマコ」もよく食べたという。子供にはそれが何だかわからず奇妙な食べ物だったという。他には「糸こんにゃく」「ソフトこんぶ飴」「麩菓子」「心太」なども、子供には不思議な食べ物だった。


 今日明日は愛知県太平洋側でも雪が降るそうな。と思ったら、もう雪が降って積もっている。車で出かけられるかな?