2010年06月の記事

心太

ところてん(心太)は、僕の好物である。夏の常備食でもある(夏でなくてもいいが)。あらためてところてんを眺めると不思議な食べ物に思える。お菓子でもないし、総菜でもないし、麺でもないし、おまけに栄養も無い。子供の頃は町の駄菓子屋でこれを食べた。天突きから出てくる透明な麺のようなものを不思議な面持ちで眺め、三杯酢にむせた。東海地方では三杯酢に胡麻(プラス青のりの場合もある)で食べるが、以前京都で、酢醤油のみの甘くないところてんを食べた事がある。これまたオツでおいしい。他に黒蜜をかけて食べる地方もあるというが、それじゃ「くずきり」だなぁ。で、ところてんを食べるのに「箸一本」だけ出されるのは中部地方だけらしい。箸一本でどうやって喰うのだ?と昔から不思議に思っていたのだが、これは二本でつかむと切れやすいからという理由らしい。しかし、一本で食べる不便さに比べたら二本でいい気もする。

押しの強さ

僕は子供の頃「押しが弱い子供」と親に評価されていた。言いたいことを口に出して言えず、仲間の後ろの方で隠れているような子供だった。ところが中学生の頃、どういうわけかそのことが妙に損な気がして、急に大きな声で発言するようになった。性分としての気の小ささは変わっておらず、なにかぎこちなく、時にはほら吹きのような印象を与えてしまっていた。しかし企画デザインの仕事上では、自分のやりたい事を事前の会議などでちゃんと自信を持って説明できないと仕事が始まらない。そのことを身をもって体験した。「デザインは口である」。それを美大の学生にも教えている。「押しが弱い」「控えめである」「謙虚である」は日本人の美徳のようだが、日本のサッカーチームを見ていると、最近は徐々に「押の強さ」を身につけて来ているような気がする。でないと世界には通用しないのだ。本田選手の強気の発言なども、時代の潮流のような印象を持つ。ハイテク技術幻想を拠り所にしている日本のビジネスも、そして戦略的思考があまり感じられない日本の外交政治も、現場でぼんやりしていると、世界の圧力に、そして強引でしたたかな中国や韓国ビジネスに足元から崩されてしまいそうな危険も感じる。日本は「押しの弱い子供」のままでずっとやっていけるのだろうか。

上海はどうなの?

写真はセントレアの海外線出発ゲート前に立っている「海宝(ハイパオ)」君。上海万博のマスコットキャラクターである。まるでいってらっしゃいと手を振ってくれているようだ。どうなんだろう、開催当時は報道各社がこぞって上海万博をレポートしていたが、今はめっきり少なくなったなぁ。やはり、ワールドカップに押されてしまうのかなぁ。セントレアの1階には上海万博誘致のコーナーと中華料理ビュッフェの店があるのだが、場所の関係かいまいち人が来ていなかった。そう思うとこの「海宝(ハイパオ)」君の後ろ姿がちょっとさみしく思えた。でも、万博はまだまだ続く。

ロータス

伊賀八幡宮の池の蓮が満開である。去年は確か不作と報道されていた。と言っても花が開いているのは朝であって、お昼に行ったらしぼんでしまっている花が多い。しかし、このしぼみかけた蓮の花がなかなか美しいのだ。蓮の花はどうしてこうも美しいのだろう。泥水の中にあっても葉や花が美しく保たれることを「蓮の自然自浄性/ロータス効果」という。「掃き溜めに鶴」とはちょっと違う。

オハグロトンボ

我が庭の葉にオハグロトンボが停まっている。子供の頃はこのトンボをカゲロウと呼んでいた気もする。このオハグロトンボは好きなトンボで、華奢なシルエットとシンプルな黒が美しい。飛び出すとひらひらとまた優雅で、お品が良いのだ。夏が来たなぁ。

浮き輪

グアムに行って来た。これはタイヤではなく大人用(?)浮き輪である。コンドミニアムのプールで使う為に購入。ホテル内のコンビニで2.59$、日本のスーパーで買うより安い。ひゃー、浮き輪で遊ぶなんて50年ぶり。いや、遊びではなく老人のリハビリ用に購入したのである。

iPadでブログる

本日、静養のためグアムに行く。「何が静養だ!!」といろんな人から怒られそうだが…(笑)。で、当方の本家ブログ「ヨコ旅」ではいつもの通りライブログをやるので、グアムに機材を持って行く。今回はいつもと違ってiPadのみで敢行。軽くていいが、iPadでブログるとなるとこんなものがいる。デジカメ写真を取り込む為のUSB及びメモリーカードアダプター(右上)、そしてiPadでは有線LANジョイントが無いため、現地ホテル部屋の有線LANをつなげて使うポケット無線LANルーター(写真中)、こいつはiPadのUSB電源アダプター(写真下)で電力を供給できる。まだ、問題がある。基本的にiPadのブラウザー上では画像の送信ができないので、写真付き投稿となるとメール投稿か、もしくは専用ソフトが必要なのだ。幸いヨコ旅のLivedoorブログではiPhone・iPad用の投稿ソフトが出ているが、いまいち完成度が低く不安である。投稿写真は1枚だけしか扱えないようだし、メール投稿同様に写真がサムネール化してしまう。一度送信して、本来の投稿ウインドウを開いて加工する必要があるかも。というわけで、iPadでブログ投稿というのは気軽ではなかった。ちなみに下の黒いケースはiPad用に100円ショップでみつけたもの(これで十分かな)。

記者の着目点

大関琴光喜の野球賭博事件報道で某新聞には「裏切り大関に失望」という見出しと共に地元岡崎の反応がレポートされていた。一連の経緯の記述の中にこう書いてあった。「同市の中央総合公園に飾られていた優勝額(2001年秋場所)は、今回の疑惑が持ち上がった五月下旬に外され、今は同市の汚水処理施設の倉庫に保管されている」……と。なんというか、こういう細かい部分の描写を、貴重なスペースの中で残そうとする記者の趣味的意図と言うか、大衆興味本位的なピックアップというのが、気になる。これは第三者的描写というのではなく、記者独特の体質から生まれる下世話な価値観だと思える。取材内容のどこをピックアップするか、どこを基軸に記事を書くかで、新聞記事においても個人的な世界を作る事ができてしまうのだ。※上の写真は内容と関係はありません。

ツユ

早朝5時半に散歩に出る。カメルーン戦は観たけど。今日は曇り雨の天気予報だがときどき青空も見える。しかし、どよんとした湿気があり、道沿いの草を見ると「露(つゆ)」がたくさんついていた。ふと思った。スープの「汁」も「つゆ」というが、どうして「梅雨」も「つゆ」と発音するんだろう。まぁ、そんなことはいいか。草の香りがむんとする湿気のある朝も好きである。「入梅(にゅうばい)」という言葉がある以上「出梅(しゅつばい)」という言葉があるのはご存知?

落とし物

マンションの掲示板でよく見かけるもの、それは「洗濯物の落とし物」である。実に生活臭のある一角である。我が家は1階でマンションのベランダに干した洗濯物がときおり風で吹き飛ばされて落ちているのを発見するので、我が家が掲示板に持って行くこともある。いつも人の落とし物ばかりかというと、我が家の洗濯物が展示してある事もある。僕の靴下とかとかジャージのズボンとか。1階でも風によっては隣の家に飛んで行く事もあるのだ。パンツだったら気恥ずかしい。