2010年05月02日の記事

病院へ行こう:患者とは何か

面会に来る一般人と「患者という立場」は全くもって違う。看護師や医師と「患者という立場」も全くもって違う。「患者」は俗世界と遊離した空間に浮かんでいるのであり、孤独である。一日何回もの血圧や体温計測や与えられた数々の薬によってきっちり管理されていて、現状、
世界で最も安全な場所にいながら、不安に苛まれている。
薬や治療について看護師や医師から説明はあるものの、自分の体がどうなっているのか、治療スケジュールがどうなっているのかわからずじまいに、あてなき日々を送っているのが一般的である。血液検査やレントゲン、CTやMRIなど検査項目も自動的に割り与えられるが、その結果がどうなっているのかそれぞれの検査結果がどう関連し、医師によってどう総合的に集約され、今一番問題になっている点は何なのかも詳しくは教えてもらえない。
患者は自身の病理からも遠ざけられているのである。
病気とその治癒については規則性があり、与えられる薬も決まっていて、医師にとってはいつもの変わらぬ手だてでしかないだろう。そうした規則的な治癒の中にあって合併症などサブ的要素と「熱がある」とか「頭が痛い」とか「ふらふらする」とか、個々の患者の症状に併せてオプションをつける。そういった治療システムの時間軸には、患者の感情の振幅が与える影響はあまり無く、少々痛みや苦しさを伴った色の無い透明で重苦しい退屈がひたすら患者を覆っているだけなのである。患者は宙の闇に浮いているのである。