2010年01月13日の記事

「がんばって」という言葉

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昨日、夕方のニュース番組を見ていたらお天気コーナーの後でメインの女性キャスターが「明日はさらに冷え込みが強くなりそうです。寒いですががんばりましょう!」とコメントした。僕は首を傾げた。「不思議なことを言うなぁ?誰が何をがんばるのだ?あんたに言われたくはないけど!」と。彼女はテレビの前の不特定多数の視聴者に向かって「がんばりましょう」と言ったのではなくて、ひょっとして、寒い中通勤して働いている自分に対して、つい「がんばらなきゃ」と、口から出てしまったのかもしれない。「がんばって下さい!」という言葉をよく日本人は人に投げかける。まるで「がんばること」が美徳であるかのように。「がんばる」は気を張る、我慢して留まることを表す言葉だが、往々にして逆境や不幸に対して辛抱強く挑んでゆくといったニュアンスがある。「がんばって」と声をかけることは「あなたの置かれた状況は不幸なんですよ」と宣言する意味になる。一般に「働くこと」イコール「がんばること」であるかのように人は捉えるけれど、働く事が苦痛であるという前提に基づいているところが旧日本人的でもある。病気にかかった人にも、人は「がんばって!」と声をかけるが、こういう言葉が要らぬ励ましであることに、当人は気づいていないことが多い。よく言われることだが、うつ病の人に「がんばって」と声をかけるのは逆効果であるらしい。うつの人はがんばるべき対象が無い状態なのであって、がんばる事を押し付けられたような脅迫概念がのしかかってしまうのだ。Fluctuat nec mergitur(たゆたえど沈まぬ)。僕はできればがんばらずに生きて行きたい。「働くこと」は「がんばること」じゃ無いとは、僕の持論である。