2009年08月19日の記事

中心街ってどこ?

殿様のつぶやき

おとといは商工会議所で「岡崎都心再生協議会」理事長さんのお話を聞いた。協議会は康生を中心とした街の活性化をはかるNPO団体で、いろんな人が集まっていろんなアイデアを元にさまざまな試みをされている。その若いダイナミズムに心強い印象を受けた。僕も過去の仕事の関係でそういうものに参加したりしてきたが、今はとんとご無沙汰している。こういう活動を見るといつも思う事がある。第一に「中心街」の「中心」とはいったい町にとって何を示す言葉なのかという点。第二に「活性化」の「活性」とは何を示す言葉なのかという点である。理事長さんは「中心地とは心のよりどころになる町のことを言うのではないか」と応えておられた。

町の活性化というのは全国津々浦々のテーマだが、成功例は少ないようだ。どこかに現代にそぐわない捉え違いがあるように思えて仕方が無い。僕は「町づくり」という言葉が嫌いである。「町はつくるもんじゃない」「町はできてくるものだ」と思っている。この町に行きたい。この町で暮らしたい。この町で商売をしたい。そういう小さなモチベーションが徐々に積み重なって町は「できてくる」ものだと思う。だから「町づくり」というタイソーな言葉のシバリから離れた方がいいのではないかと思っている。町づくりという俯瞰的な見方ではなく、人の喜びのモチベーションを、小石を積み上げるように大切にして行く事が重要じゃないかと思っている。都市計画プランでは人の感覚や喜びの研究がおろそかになる傾向がある。都市計画プランでは商売の現場を知り得ていない力なさを感じることがある。「岡崎都心再生協議会」のさまざまな試みは、たくさんの小石が積まれてゆきそうなものを感じた。期待したい。振り子はやがて反対に振れてくるものだしね。ほだら?