2009年08月の記事

「です」と「ます」

岡崎言語

昨日は独立行政法人「国立国語研究所(東京)」が岡崎で行った言語調査についての報告会に行って来た。知ってる人しか知らないだろうが、国立国語研究所はこの岡崎市で昭和28年、昭和47年、そして昨年平成20年の3度に渡り「敬語の調査」を行っている。全国の中から岡崎市が定点観測地に選ばれているというのは面白い。昨年の調査になぜか僕もお手伝いしているので出かけたのだ。報告会の話の中で岡崎の方言の経緯もさることながら、気になった事柄があった。「最近の若者(10~20代)は“です”や“ます”の言葉づかいに“敬語”としての印象を抱く」という調査結果だ。以前僕もブログの文体として「ですます調」のことを書いたが、最近の若者の話し言葉や書き言葉では「ですます調」は遠い存在なっているのかもしれない。「です」「ます」は僕らは丁寧語として認識しているのだが、ある大学生いわく「ウチの母親は携帯メールで“ご飯はいるんですか?”とか“わかりました”とか“敬語”を使ってくるので気持ち悪い」だそうである。確かに年配者は若者のような感覚言語は使えない。書き言葉は、通常はどうしても「ですます」調になる。しかし、これが敬語として捉えられるとは不思議な感覚である。話は変わるが「行った?」と人に尋ねるとき、岡崎では「オイキタカン?」とか「イットラッセルカン?」という方言を今も使っているのだろうか。

ここにも顔出し看板

岡崎公園01

リブラへ寄ったついでに久しぶりの岡崎公園。ここにもあった。僕の顔出し看板コレクションに地元の写真が加わったぞ。竹千代、徳川家康、そして右の女性は於大の方なのかな?こうして見ると本多平八郎忠勝の銅像もカッコいいなぁ。今、武将ブームだというから、この銅像も人気かもしれない。

岡崎公園02

車でワイキキに行って来た

KiraHawaii6

KiraHawaii7


昨日はワイキキに行って来た。我が家から車で50分のワイキキビーチ。詳しいレポートは当ブログ本家「ヨコ旅」でご覧下さい。吉良ワイキキビーチで行われている「吉良ハワイアンフェスティバル」は今日まで。この夏ハワイに行きそびれた人は、本日、仕事を終えたら宮崎海岸に急ごう。

木もれび

木もれび1

木もれび2

風が爽やかになった。こんな日はおにぎりを持って公園で昼ご飯である。岡崎公園の木もれび。

アブラゼミ

アブラゼミ

我が家の小さな庭には、伊賀川の木々から舞い込んで来たのか、いくつかアブラゼミの死骸が転がっている。ここにもあそこにも…、自らの一生を終える場所を彼らは選ぶ事ができるのだろうか。時間はただそこにあり、人生はただそこにあるものだ。アブラゼミの精一杯の夏が終わったのである。

ハンドルキーパーです

飲酒

とあるウイスキーメーカーの工場見学。ここでは見学後、ワインやウイスキーの試飲ができる。しかしながら、訪問者の誰かは車のドライバーなので、こうして「ハンドルキーパー」として名札を付けられてしまう。この札をぶら下げた人物はお酒が飲めない。工場側も試飲を勧めない。「一体何のための酒造メーカー見学なのだ!」と酒が好きなのにたまたま運転手に選ばれた男は、心の中でもがきながらも従順なのは当然のことだ。かわいそうにと思うが、逆にこの禁欲が、かえって酒の欲望を助長し、男は酒を買って工場を出るのだった。

水力発電

水力発電

これは郡上八幡市で見かけたもの。わかりにくいかも知れないが、道路脇の溝に置いてあって、左が道に明かりを灯す小さな行灯、右がその電力供給をまかなうこれまた小さな水車である。つまり水力発電機なのである。なんか「子供の科学」の付録キットみたいな水車だが、ソーラー発電ではない所が、さすが町に水路が走る水の街、郡上八幡。ほだら?

下駄下駄下駄

下駄下駄下駄

ウチのカミさんの実家は「下駄屋」だった。だったというのは、下駄や履物の需要は減り、両親も高齢となったので廃業したからである。しかし、今は浴衣の流行もあってか少しは需要が増えつつあるらしい。夏祭りと言えば浴衣に下駄だねぇ。郡上八幡では夏の下駄の需要はすごいらしい。なんせ徹夜踊りの町。下駄で踊り続けるというヘビーデューティーさでは、すぐにすり減ってしまうらしい。もちろん毎年の事なので、下駄の消費量たるや相当数なのだ。職業柄下駄を履く人々もある。寿司屋さんとかうどん屋さんとか。そういう人に言わせると、下駄に掃き慣れると靴なんか気持ち悪くて履けない、なんて発言が飛び出す。久しぶりに履くと指の付け根が鼻緒で刷れて痛かったりするが、ずっと掃き続けると下駄は足に寄り添い、足も下駄の寄り添うようになるということである。

中心街ってどこ?

殿様のつぶやき

おとといは商工会議所で「岡崎都心再生協議会」理事長さんのお話を聞いた。協議会は康生を中心とした街の活性化をはかるNPO団体で、いろんな人が集まっていろんなアイデアを元にさまざまな試みをされている。その若いダイナミズムに心強い印象を受けた。僕も過去の仕事の関係でそういうものに参加したりしてきたが、今はとんとご無沙汰している。こういう活動を見るといつも思う事がある。第一に「中心街」の「中心」とはいったい町にとって何を示す言葉なのかという点。第二に「活性化」の「活性」とは何を示す言葉なのかという点である。理事長さんは「中心地とは心のよりどころになる町のことを言うのではないか」と応えておられた。

町の活性化というのは全国津々浦々のテーマだが、成功例は少ないようだ。どこかに現代にそぐわない捉え違いがあるように思えて仕方が無い。僕は「町づくり」という言葉が嫌いである。「町はつくるもんじゃない」「町はできてくるものだ」と思っている。この町に行きたい。この町で暮らしたい。この町で商売をしたい。そういう小さなモチベーションが徐々に積み重なって町は「できてくる」ものだと思う。だから「町づくり」というタイソーな言葉のシバリから離れた方がいいのではないかと思っている。町づくりという俯瞰的な見方ではなく、人の喜びのモチベーションを、小石を積み上げるように大切にして行く事が重要じゃないかと思っている。都市計画プランでは人の感覚や喜びの研究がおろそかになる傾向がある。都市計画プランでは商売の現場を知り得ていない力なさを感じることがある。「岡崎都心再生協議会」のさまざまな試みは、たくさんの小石が積まれてゆきそうなものを感じた。期待したい。振り子はやがて反対に振れてくるものだしね。ほだら?

観覧車

観覧車

久しく観覧車に乗った事が無い。といっても何十年もというわけではない。最も最近のものは3年ぐらい前、クリスマスイブにラグーナ蒲郡で乗った。この時は何十年ぶりであったが。観覧車なんていい歳をしてこそばゆいが、乗ってみると楽しめた。人は高い所が好きである。子供の頃はたまに名古屋なんかに出かける時の、デパートの屋上での定番イベントだった。岡崎市では48年ぐらい前、東岡崎駅前に「エコー」という小さな百貨店の屋上に設置されたのが最初ではなかったかと思う。しかし、今はよほどでないと乗る事は無いだろうなぁ。観覧車は遊園地のランドマークとして派手な存在ではあるが、どこもオープン時に比べて時が経つと客の入りは少なくなっているような気がする。誰も乗せず廻る観覧車はかえって寂しいランドマークだ。刈谷ハイウエイオアシスの大観覧車なんかも、今の僕はランドマークとして眺めるだけである。