2009年01月の記事

である調

 僕はブログを始めた頃、文章を「~ですます調」で書き始めたが、今は「~である調」にしている。その方が落ち着く。時には文章が「~だ調」になっていることもある。ただし、「である調」は論文風でエラソーで思い上がったイメージになるのが欠点だ(だ調)。「~です」の方がいくぶんやさしい断定となるが、「~である」は断定的なイメージが強くなるので中身を間違うと「大きな声で激しく間違った」印象となる。こいつは文章作りになかなか緊張感がある。しかし、ブログ文章では少ない「である調」で書いているのは、僕の中に少なからず反骨の意があるからである。

 「~かも?」「~みたいなー」「~っぽい」「~じゃない?」「~だよねぇ?」「(ワタシ)的にはー」「~だしー」「(これデカ)くネぇ?」「〜ってゆーかー」という口語がちまたにあふれて久しい。言葉は生きている。だから、こういった若者が使う言葉をオジサンが否定する気持ちは全く無いが、これら文の語尾につく言葉に共通しているのは「断定的でない」ということである。自らはっきりと断定せず、人の機嫌を伺うような、おどおどとした響きを持っているということである。三河弁でもこういうのがある。「ほだらぁ?」…。これは多くは「そうですよね?」と人の同意を求める場合に使う。こういう言葉はずいぶんまわりに気を使った言葉で、僕は若者達が友達付き合いを最重要事項として捉えているからだと分析している。つまり、自ら断定し、万が一間違っていたり、人を傷つけたりして、自分が孤立してしまう危険を避けるための防衛口語だと思えるのだ。しかし、これらは没主張であり、没個性であり、没自信であるような気がしておじさんは少々危惧しているのだ。これらの言葉を使い続けていると、やがて主義主張が内向的に蓄積され、やがてつじつまの合わぬようなタイミングで大爆発してしまう。世の中にはトゲトゲした人間や豪気な人間が、少しはいても良い気がするのだが、今や社会には少なくなった。リーダーたるべき人物のA総理だって、例外ではない。皆が人に気を使っている。

 だから、せめてオジサンだけでも、と、おどおどしつつも文章を「である調」にして書いているのだ。じゃなかった、書いているのである。

トロフィーって何だ

 どんな賞なのか、どう努力して勝ち得たのか、が、大切な事はわかっているが、僕の家に密かにあるトロフィー。いまどき珍しいぐらいのオーソドックスでベタな無国籍の無個性のトロフィーである。トロフィーって何だ?トロフィーの価値とは何だ?トロフィーってどこの国で始まったのだ?トロフィーデザインの歴史と傾向というのは何だ?……。得体の知れない品である。ほだらぁ?数少ない僕のもらった賞のうちとはいえ、こんなベタなトロフィーはもらった事が無いので、ある意味、希少でキッチュで愛おしい。が、いただいた先には悪いが、正直言っていらない。処分に困る。二次利用もむつかしい。で片付ける事にした。とっておかずに撮っておく。全部プラスチックのふん軽。取り外すと驚いた事にすべてパズルのように小さな部品に分解できるようになっていた。ひょっとしてオプションパーツを増やす事でグレードアップできるようになっているんだろうか2段3段と松・竹・梅みたいに。どんな商品にも物の心というものがある。はたしてこの品にどれほどの心が込められているのだろうか。そして一体、このような物を誰が作り、誰が選び、誰がお金をいくら払っているのだろうか。分解している僕は罰当たりなんだろうか。

同じ地球の同じ赤

 近所のツバキの花が満開だったが、そろそろ花が落ちかかっている。「釜山港に帰れ」という歌には「椿咲く春なのに~」という歌詞があり、漢字も木へんに春と書くのだが、日本ではツバキは冬の花って感じでそろそろ梅の季節である。下の写真は今、夏真っ盛りのケアンズで撮ってきた赤いブーゲンビリアである。同じ地球の同じ時に咲いた赤なのに気分はずいぶん違うなぁ。しかし、先入観を取り払ってみると、日本のツバキもブーゲンビリアに負けず劣らずなかなか美しいじゃないか。同じ地球の同じ赤。

デジタル撮影

 昨日は1日スタジオ撮影に籠っていた。今や商業写真用のカメラでもデジタルである。カメラの横にMacBookを置いて、カメラのシャッターを切るのはレリーズではなく、マウスボタンである。すぐさまPC画面で位置関係やライティングの確認しながら最終画像を決定できる。デザイナーにとってもデジタルデータ渡しの方が好都合である。なんならその場でもらって帰ることができる。すぐさまサーバー経由で送ってももらえる。ほだら?写真加工が必要な時はRAWデータTIFFデータをもらって加工するのが一般的。1枚あたりのデータ量がデカいのがつらいがPC性能の向上とハードディスクの容量の拡大化で作業負担は軽くなりつつある。しかし、この日はクライアントさんの意向でデジタル写真は単に確認用で、実際はフィルム撮影を行った。クライアントさんがポジフィルムでファイリングしたいという希望だった。「企業側でも商品写真管理をどうするかは課題で……」とかなんとか話している時、カメラマンのスタッフが報告に来た。「現像所の集配は今月で取りやめだそうです。」……。ふむ、商業写真の世界もフィルム時代の終焉を迎えているのだなぁ。

定点観測

 僕が始めた定点観測である。名鉄東岡崎駅のプラットホームで見かけた線路脇の小さな植物。線路内に芽生えたのは運命である。上の写真は昨年9月28日の写真。下の写真は昨年12月10日の時点の写真。真冬の寒さを迎えて今、この緑はどうなっているか?今度名古屋に行く時も写真に収めよう。

これ何?

 今日は寒い。伊賀川堤防沿いをママチャリで走っていたら手袋が落ちたので、拾おうとしたら道路にこんなものが打ってあった。見た事ありませんか。見渡すと何メートルかおきにずーっと打ってある。今ネットで調べたら果たしてこれは測量用の補助点鋲なのであった。道路整備や区画整理などをする時、土地の測量をするもののようだ。おそらくピンの十字の中心点に測量用の三脚からぶらさがる分銅を合わせて基準にするのだろう。なんか鋲を打たれた道路というのは少し痛々しい。ほだら?…それにしても僕ってなんてヒマなんだろう。仕事しなくちゃ。

混み合う

 昨日、銀行に行くカミさんにつきあう。銀行は連休明けだからか混み合っていた。この市内某銀行のキャッシュコーナーの窓口はたくさんあるのだが、絶望的なほど長い行列待ちである。この前に別の銀行にも行ったが、入って整理券をもらうと15人待ちであった。こういう日は銀行にちょっと寄って行くという感じではなく、銀行で結構時間を取られてしまうのだ。待たされる覚悟の無い時に待たされるのはつらい。某市民病院も待たされる名所であるが、親の病気の関係で何度も通ったことがある。検査待ち、診察待ち、支払い待ちの待ち待ちづくしで、待つ事の修行を重ね、相当に鍛えられた。ほだらぁ?精神的には待つ事に鍛えられているはずなのだが、貧乏性なので、ぼぅっと待つ時間の非生産性がやはりたまらない。本でも持ってくりゃ良かった。なんなら、PC持参して仕事ができたかも…と考えてしまう。というわけで、写真でも撮るかとこうして写真を撮った(銀行内での写真撮影は禁止事項じゃないのか?)。

ヤキモチを焼く

 餅を焼く。この七輪はご存知の通り高山の「ほう葉味噌」を焼く時の卓上ミニ七輪。我が家で10年ぐらい活躍している。といっても年に1、2回しか登場しないけどね。焼き餅は炭火で焼くべきである。昔は火鉢の網で焼いていたものだった。なんといっても、つけ焼きする醤油が網の上からぽたぽた落ちても平気な点がいい。で、餅が遠赤外線でやんわりじっくりふくらみ、正しく焦げ目がつく点もいい。しかし、このミニ七輪、小さすぎてなかなか焼けない。膨らむまで延々待たねばならない。そのわりに焼き上がって海苔を巻き、口に入れると一瞬で終わるので、二切れしか置けないサイズでは、次の餅を食べようにもまた延々待たなければいけない。なので、ちょっとルール違反して、先にチンして少しだけ柔らかくしておく。そして卓上で口をすぼめ慎重に風を吹きかけながら炭火の火力を強くする。うちは醤油を2回つけ焼きする。最後は醤油タレに砂糖を入れて甘辛くしていただく。醤油の焦げる匂いはたまらないねぇ。ほだらぁ?

マスク

 ここ2、3日、風邪気味なのでマスクをしている。ここの「Hokka」テスト公開版のタイトルバックに登場するマスクマンに合わせた訳ではない。これは2日ほど使用したマスクであるが、カミさんが新しいマスクに替えろという。マスクの消費期限てどれぐらいなの?どれぐらいの頻度で替えるべきなの?それとも使い捨てなの?洗い直して使えるの?…マスクマンに聞いてみたい。最近のマスクっていろんなデザインが登場してきて、中にはカラス天狗(知ってる?)の様にすっぽり鼻も覆い、息苦しさを改善した物もあるが、ここに登場したマスクは上部に針金が入っており、自分の鼻の形に合わせて変形できるところがなかなかいい。外した後眺めてみると何か愛おしい気もするから不思議だ。ライブマスクのようだ。ほだら?だけど、僕はマスクが大嫌いである。人に風邪をうつしてもいいから、できればしたくない。

寿司の皿

 回転寿しで寿司を食べる。どうなんですかねぇ皆さん?一律値段ではない回転寿しでは、うちのカミさんは、値段別にカラーリングされた皿を、食べた後、几帳面にも色をそろえて積み上げている。別に値段別にしているわけではないが、どうも性格らしい。あなたは皿を色別に揃えたりしますか?僕が一人で食べる時はバラバラで食べた順番。だってそんなところに神経使って食事するなんて変でしょう?ま、確かに会計時に店員さんが数えやすいのは確かで、確認もしやすい。値段順で色ごとに並列に並べて、一発明瞭会計にしてみたらもっとわかりやすい。ファミリーで来ている人で、子供に皿を並べさせながら値段を計算させている人を見た事がある。いい算数学習になるかもしれないが、その子「トロ」を注文していた。「トロなんか喰わせるな!子供のうちから!僕でも勇気がいるのに!」ほだらぁ?