2008年12月19日の記事

スタジオ撮影

おとといは名古屋でスタジオ撮影の立ち会いをした。グラフィックデザイナーにとってカメラマンの世界はホームでありながらアウェイでもある。カメラマンは自分のイメージを描いてくれる親愛なる協力者でありながら、意見を戦わせる敵でもあるのだ。だから撮影現場というのは楽しい試合場である。さて、今回のこのスタジオにはクライアントやカメラマンだけでなく、フラワーアレンジメントの世界で活躍しているアーティストも同席している。撮影するハードウエア商品のイメージに普通とは違った花のイメージを添えようとお願いしたのだ。庭の花でもなく生け花でもなく、少し異次元的な花の世界を生けてほしいとお願いした。彼はスタジオの隅で商品イメージに合わせた花をもくもくと、しかし、軽々と生けている。すごいものだ。葉を丸めたり、茎を束ねたり、見ていると植物はまるで使い慣れた絵の具であるかのようである。打ち合わせの段階で彼の頭の中にはイメージがすでに出来上がっているという。もちろん彼の描く花の世界が僕のイメージとイコールとは限らない。だから、彼に意見を言ったりもする。それは違うんじゃない?とか、花の事を何も知らない素人のくせに。しかし、デザイナーは一つのイメージを実現する責任があるのだ。かくしてスタジオは、一見和やかでありながら、カメラマン、クライアント、フラワーアーティスト、デザイナーの4つ巴の戦いが静かに行われているのである。撮影現場というのはそこが面白い。ほだら?

宅配は、ネコである。

 名古屋の地下道で見た広告。この言葉を思い付いたコピーライターはやったと思ったかもしれない。どこの広告かはもうおわかりだろう。ほだら?「宅配は、ネコである。」という言葉に、通りすがりの僕はすぐに反応した。しかし、待てよと思った。「吾輩は猫である」という夏目漱石の処女作の名を、今どれだけの人が瞬時に連想するのだろうか。学校教育では今もこの夏目漱石の作品は説かれているのだろうか。子供の頃この作品を初めて呼んだ時、僕はずいぶん新鮮な印象を受け好きになった。久しぶりに読み返してみようかという気分になった。実はこの時、僕が抱えていた封筒には、とある会社のカタログの表紙デザインが入っており、その表紙には「猫」があしらってあるのだった。クライアントから「うちのカタログになぜ今、猫なのか説明してほしい」と言われ、カタログにある商品と猫との関連において、ユーザー側の反応を推測する説明をしてきたばかりだったのだ。その表紙が採用されるかどうか、「心配は、ネコである」。