Macな教室

 某芸術大学のデジタル教室である。僕はここでわかったようなわからないような講義をしている。大量のMacモニターが並ぶ。なので、学生の顔が見にくい。眠りたい学生にとっては好都合かもしれない。もちろん教師卓にもMacがあり大きなモニターやAV機器が置かれているので、座ると教師の顔も見えない。僕は自前のiBookを持って行ってプロジェクターにつなぎ、Keynoteで作った教材を動かしている。教室はデジタルデジタルしているが、講義している内容は相当にアナログであり、学生たちの反応が見たいし、できるだけ発言もしてもらいたいので、iBookのリモコンを持ちながら立ち歩くようにしている。実は講義にPCなどいらないのだ。しかし、実技演習をしてもらうには最終的に個々にPCが必要なのだ。PCはただの道具である。講義内容がモニターに隠れてしまわないよう心がけないといけない。というわけで、僕もKeynoteなど使わずに、次回は白板でやってみたいとも思っている(字が下手なのと漢字に弱いことがバレるけど)。昨日、学生達に「ラフスケッチはスピードだ。ノートに鉛筆で殴り書きが一番」と講義したばかりなのだ。

コメントが2個あります

  1. 多亜 より:

    KIDさんは講師もされているのですね~
    きっと退屈させないような講義内容なんでしょうね。
    変な話KIDさんの生徒さんに混ざって講義を受けてみたいです。
    私も学生ではなく社会人相手ですが私の業界内異業種の講義を頼まれてしたことがあるのですがー。
    相当いねむりされた覚えがあります。
    ただ学生相手じゃなく社会人相手ですからね。
    義務と権利という自覚も含めあえて眠らせないために云々という方向で自分自身は考えませんでした。
    昔、私を教育していただいた先生方には教師的と言われたりもしましたがつくづく向いてないと自覚したものです。
    やはり現場の人間です。。
    しかし…やはりすごいデジタル化ですね。
    昭和の人間なんで黒板とチョークが学校ってかんじがします。
    や、私がなんちゃって講師をした時もさすがにそれじゃなかったですが。

  2. kiddagan より:

    ●多亜さんへ●
    ひょんなことからこうなっているのですが、いやはや僕の講義は学生から見れば相当に退屈かもしれません。むつかしいです。
    かといって「ウケ」を狙う訳にもいかず、できるだけ生々しい内容で話す事だけは心がけています。ま、眠る受講者をせめたりはしません。自分の学生時代を思い起こせば…ね。授業なんて百のうち一つでも持って帰ってくれればオンノジ、などと甘く考えていますが…。自分の学生時代を思い起こせば…ね。

    黒板って一種子供の頃のトラウマか、威圧感がありますね。黒板・白板に自在に書くというのは、かなり慣れが必要な気がします。

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