「です」と「ます」

岡崎言語

昨日は独立行政法人「国立国語研究所(東京)」が岡崎で行った言語調査についての報告会に行って来た。知ってる人しか知らないだろうが、国立国語研究所はこの岡崎市で昭和28年、昭和47年、そして昨年平成20年の3度に渡り「敬語の調査」を行っている。全国の中から岡崎市が定点観測地に選ばれているというのは面白い。昨年の調査になぜか僕もお手伝いしているので出かけたのだ。報告会の話の中で岡崎の方言の経緯もさることながら、気になった事柄があった。「最近の若者(10~20代)は“です”や“ます”の言葉づかいに“敬語”としての印象を抱く」という調査結果だ。以前僕もブログの文体として「ですます調」のことを書いたが、最近の若者の話し言葉や書き言葉では「ですます調」は遠い存在なっているのかもしれない。「です」「ます」は僕らは丁寧語として認識しているのだが、ある大学生いわく「ウチの母親は携帯メールで“ご飯はいるんですか?”とか“わかりました”とか“敬語”を使ってくるので気持ち悪い」だそうである。確かに年配者は若者のような感覚言語は使えない。書き言葉は、通常はどうしても「ですます」調になる。しかし、これが敬語として捉えられるとは不思議な感覚である。話は変わるが「行った?」と人に尋ねるとき、岡崎では「オイキタカン?」とか「イットラッセルカン?」という方言を今も使っているのだろうか。

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